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道は未知、誤ちは結果  

不満分子がタブーなわけ


 一緒に仕事をするなら 能力・人間的スペック・意欲 をみることになるのだろう。
 先日もとある経営者の方を見ててそう思った。
 たまたま世間話のできる特別な人だ。
 
 普段ならわけあいあいと話す雰囲気だが、人の評価についての話になり
 この日ばかりは口上を譲らなかった。
 相手も驚かれたかもしれない。
 
 自分の考えは意欲重視だ。能力なんて仕事するんだからあって当たり前で自慢する
 ものじゃないし、人としてのスペック(肩書き)など出世競争頑張ったねご苦労さん
 としか言いようがない気がする。もっとも、それはそれで素晴らしいことかもしれ
 ないが……その人自身の魅力でない所に力を注いできたとも言える。
 
 これが間違いなのである。
 
 特殊な資格は別として……
 多分、本人がやりたくてやったことではない。いやいや仕方なく何かに責められる
 ようにして辿り着いた結果だから、本人が人生にそれを活かせるとか活かそうとか
 本当の所で思ってない。
 
 ただ、手に入れたものだからなんとか利用しよう、とは思ってると思う。
 それが通り一遍の人の評価で、
 肩書きを手に入れたことと引き替えに、そんな生き方を肯定してしまっているのである。
 親は肩書きさえ手に入れれば子供を褒めるので、そう育つ。
 会社も就職もそこばかり見るから、そうなる。
 
 こういうのを学歴社会というのだけど……
 そして学歴のない人は無用に学歴のある人を攻撃する。
 要するに回り回って他人から不満が返ってきたり
 自分たちは社会的に弱い立場だから成功した人をののしっていいだろうという甘えの
 絡み合いで勝手にやってればと思う。
 
 つまり、自分の不満のある方向へ行っても
 不満を抱えた人はどこかで子供や社会や周りの人や関係ない人に復讐してしまうのである。
 
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作家の反乱??


 内向的に怒りを溜め込むタイプの人はいる。
 表面的には服従姿勢なので、他人もなかなか本人の不満に気づかない。
 相手させてもらってても悪い印象はない。
 
 自分が作家だとして読者はお客さんだ。
 勿論作家だから、自分なりのテーマは持ってる。
 それは読者の思わぬ方向へ行くこともあるだろう。
 
 ただ、それはテーマを描くため、作品ありきだった。
 だから読者も望まぬ結末を半分は受け入れたのである。
 これが当たり前だと思う。
 
 ところが、読者を傷つける、復讐するために作品を利用する人がいるのである。
 
 分かりやすい話だと女性の作家・芸術家さんで何人かそういう人を見た。
 (職種について言えば編集、監督なんて人の場合もあるだろう)
 それも男性向けの作品を作っていて、好評な作家さんだ。
 傍から見て、こんな人が不満を溜め込んでいて世の男性に復讐してやろう、などと
 考えているなんて誰が思うだろうか?
 
 女性を商品にしているように感じたのか、歪んだ喜びを描いて奉仕していると
 男性読者の喜んでいるムシの良さに肘鉄喰らわせてやりたくなるのか
 男性の好み中心に偶像化されて生身の感情をムシされてしまうことに反発するのか。
 なんとなく分かるような気もするが、といって、作品を使った復讐などしていいものか。
 
 例が女性に偏っているかもしれないが、これについてはそうさせているのは男性である。
 いい悪いというより環境面で女性はそういう立場に追い込まれやすいのだ。
 女性のプロデューサーなんて言うと苦労が伺い知れる。
 ただ、それだけに失敗は許されないと思われていると思う。
 編集者はどうか分からないが……ある意味作品に対して曖昧な観念が入る余地はあるかも
 しれない。作品性を決定することの他に続けなければいけないから、予定調和を崩すことに
 正当性が生じるからである。
 
 
 作品が正しく伝わらないということなら他にも例がある。
 アダルトチルドレンという言葉を生み出したアニメがあった。
 素直に解釈すれば主人公の成長ドラマなのだが視聴者の嗜好は他に反応した。
 作家の卵にも影響した。
 結果、異常心理や血なまぐさい描写に拘る病的な作品が後追いで増えてしまってるのは
 否定しようがないだろう。
 当然というか作った側の人はそのような受け止め方をされていやだったらしい。
 
 
 読者だって現実と非現実を区別する分別はある。
 作品楽しんでる間、楽しんでるだけだ。
 片時の楽しみを否定してしまったら娯楽全てに意味がなくなる。
 
 コーヒー飲んでほっ、と一息ついてたって気にくわない、となるだろう。
 やってることはそんなもんだし。
 作品の価値はそこを外してはいけないと思う。
 外さず、積み上げた所でテーマを語るのはいいが
 問題起こして
 後説で説教がましい読者への批判など、無用なのである。
 
 より明確に伝えるための手法を開発するしかないだろう。
 自分の感覚で描いたって、受け手をムシしたら理解などしてもらえない。
 特に間に性差があれば普通のやり方では伝わなくて当たり前のことも多い筈だ。
 こういった普遍的でないメッセージを描写の素材として扱うなら読者を限定する
 媒体を選ばないといけない。
 
 作家なのだからそうするしかないのである。
 (もしくは作家にそういう描写を強制する立場の人)
 作品で語らず、作品を媒介にして、
 直接世の中に不満をぶつけるってどうなの……。
 
 これがまだ単体芸術ならいい。
 だけど映像なんかでこんなことしたら、関わってる人全ての努力を無駄にすることになる。
 絵も声も撮影台も脚本もエキストラも美術もメークも……
 とにかく、それぞれ自らの本領発揮して作品に賭けてるのに
 一人の身勝手な復讐のために全部水の泡である。
 普通、こんなことはできない。
 けど、実際に時々起こるのである。
 
 
 しかし、悪いのはやはり自分なのだ。
 
 男性の理想に奉仕するのがいやなら、男性にこびたキャラクターなど使わなければいいのである。
 それが前提の作品作りなど選択しなければいいのである。
 自分でその道を選んでおいて、不満が貯まったから
 作品を買ってくれ、生活を豊かにしてくれた人たちに復讐するというのはどうなのか。
 ひたすら身勝手だ。
 
 そんなおかしなやり方で反発して、ひねくれた復讐をしておいて、
 後からどうだこうだと、本人なりに用意しておいた
 もっともらしい言い訳を並べ立てる。
 当然、問題になることを予想して予め用意しておいたのである。
 
 一緒に仕事する人を見る時、こういう人であれば最初に見抜いておかないと危険だ。
 順調に行き、発言権が生じたと見た頃合いで転覆を謀るからである。
 スキルあろうが肩書きあろうが関係ない。
 元々やりたくないんだからやらなきゃいいのである。
 
 
 そういうやり方で成功している会社もある。
 不満をぶつける、という作品性が共感を呼んでる所があるかもしれない。
 弱い立場にいる人の支持層は強い。
 作品に理屈っぽい”肩書き”をつけたがる所も同じだ。
 建前で、自分のドス黒い感情を肯定できるからかもしれない。
 しかし成功するのはやっていいことと悪い事の区別は付けているからである。
 あくまで作品に語らせているからである。
 過剰なメッセージは伝わるが二作目以降は好みの範疇として選択できる。
 (もっとも、強引で理不尽なラストに不時着することも多いようで
  次の作品では軒並み視聴者が減るようだ――ラストまで見ても仕方ないと
  思われてしまうのである)
 
 とある戦争アニメを見て思ったのだが、
 現実がどうとか戦争が悲惨だとか言いたいなら
 なんで均整の取れた美形キャラクタやかっこいいメカを使ってそれを訴えるのかが分からない。
 ある意味戦争の美化である。
 
 明らかに外見で読者の好みに媚び、偶像として捧げ、娯楽性で惹きつけておきながら
 リアルがどうの悲惨だの言われても……
 そもそも登場人物の造形自体にリアルがないのに。
 アーティストの曲も、どう聞いてもそんなテーマは聞こえてこない。
 セックスアピールを小綺麗な単語に置き換えたつもりで雰囲気作ってるつもり
 そういうナルシズムしか伝わってこない。
 
 
 復讐に話を戻して――
 こういうことをしている人たちを傍で見ていてハラハラしてしまう。
 ちょっと許されないような気がするからだ。
 
 いろいろ言い訳した所で、読者への悪意である。
 当然悪意だってことは読者も分かる。
 作品を自由にできる立場の人がやってることだってのも分かる。
 
 そのチクチクと敏感肌を刺すような挑発に、冷や冷やしてしまう。
 
 あからさまに分かる。
 なぜかと言うと不自然だから。
 
 そもそも作品のテーマを追ってる訳じゃない。
 だから、いきなり読者を拒絶するような衝撃が放り込まれたとして
 それが作品の大筋にもテーマにも何の影響も及ぼしてないのである。
 なぜ、こんな話が放り込まれたのか。
 不自然だから意図を考える。
 そして現実の人間と同じように、悪意をぶつけられたのだと気づく。
 これはタチが悪い。なぜかと言うと、楽しみにしている作品を鑑賞する時間というのは
 読者にとってはリラックスできる時間の一つである。
 その無防備な相手を狙った攻撃だからだ。
 相手にとってはまさかの奇襲攻撃なのである。
 まさかそんなことはやらないだろう――という方向からの攻撃である。
 勿論、相手が激しい衝撃を受けるのを狙った上での行為である。
 
 逆の言い方をすると、話と関係ない場所を選んでわざわざそんなメッセージを
 埋め込まれている。
 目的はただ、読者を傷つけることだけである。
 
 これは表向きの口上を前提とした攻撃だ。
 したがって、言葉の上ではあくまで建前なり言い訳を貫きたい。
 しかし、悪意まで隠れたメッセージとして忍ばせても本人の不満が消える訳ではない。
 不満を持ってる本人は拒絶のメッセージがあることを読者に明確に伝えたい。
 そこは明確に表現してくる。
 悪意以外のメッセージが削られている。
 相手に気づかせて衝撃を与えたいためだ。
 
 明確に悪意をぶつけた上で、建前を並べることになる。
 本心は別だけど心の中で見下してる、といったメッセージをさらに伝えてくる。
 こんな方法で溜飲を下げたいというくらいの意地の悪さだ。
 
 表向きの口実はどうあれ、ここまで来てる悪意がそれと伝わらない訳がない。
 当然相手からも悪意が返ってくる。
 だが、読者は明らかに被害者で、たくらんだ提供側には自分の悪意が帰ってきただけである。
 
 制作の現場も悪い意味でサラリーマン化が進んでいる。
 最初に悪意があるのに後説で言葉の上でつじつまを合わせれば正当化できると思ってる。
 そんな手管に溺れることを『うまくやる』などとうそぶいている。
 口先に頼り努力し進歩する苦労を避けようとする。
 後説抜きで分からせないと意味ないだろう。
 そこにしのぎを削っているのが作家の筈だ。
 
 
 こういう方との仕事はお断りするのがベストだ。
 本人が乗り気でない場合、本人のためにならないからだ。
 歪んだ復讐の人生になってしまう。
 
 能力など後からどうでもなるし、肩書きは世間に受け入れられれば不要になるのである。

 

[ この記事は 2009/1/22 以前に作成されました ]



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