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サンタクロースは存在する? いるかいないか?ではなく、どこにいるか? 

なぜこのテーマに拘るのか


 道は未知、誤ちは結果に戦争アニメのリアリティについて思う所書きました。
 で、なんで戦争というネガティブな題材を娯楽に使うのか?という疑問が
 生じる訳です。
 
 戦う相手が宇宙人や怪獣だと、彼らの考えるリアリティがないから
 人間と戦わせる訳ですが、そこで地球を守るためではなく互いに傷つけ合う
 ために戦う、あるいは他人を傷つけて自分が英雄になるために戦う訳です。
 
 かなりヘンな話だと思います。
 
 リアリティを創造する自信のない作家はこう考えます。
 ”宇宙人や怪獣なんている訳がないじゃないか”
 ”リアリティがないよ”
 なんて言われたらどうしよう……
 言葉を畏れているのです。
 
 作品を肩書き化して
 言葉で裏付けを取ることで
 口頭でリアリティを成立させようとしている訳です。
 
 リアリティを”創る”以前に、肩書きによって”提示”し
 自分がリアル側だ、という立ち位置を確保しようとする訳です。
 
 想像力や創造力によってリアリティを生み出せないなら
 アニメなんか作らなければいいのではないでしょうか……
 
 アニメに限らず実写・特撮も、現実にないものをセットで視覚的に作ってる訳ですから
 同じ事なのですが。
 
 
 例えば神様というものは目に見える実態を持ちません。
 しかし人類の多くは信じているし
 日常も厳しく束縛されているし
 命を落としたりしているのが現実で
 信じていない人ですら、生活上、神様を否定も無視もできません。
 これが現実なのです。
 神様は否定できないけどサンタは否定するというのはおかしな話です。
 彼らは『具体的に』想像力に優劣を付けているということになります。
 
 戦争アニメがリアリティを追求するほどウソが浮き彫りになります。
 いろいろおかしい所は切り無くありますが
 例えば音の再現は映像である以上不可能です。
 戦争アニメの制作側は実際の戦争の音など聞いたことがないのは確かです。
 
 
 こういう人たちは自分の存在を維持するために常に生け贄を求めています。
 
 サンタは架空の存在じゃないか、と。
 自分たちが指摘される側、受け手にされる事を常に怖がってる。
 
 そこで自分たちからその言葉を投げかけ続けることで
 投げかける側に身を置き
 受け手にされないようにする訳です。
 
 ところが口先で作った立場などもろいものです。
 こんなやり方はその場しのぎにしかならない。
 
 他人の夢を餌食にし、非現実のメッセージを送り続け
 常に受け手を確保してないといけなくなります。
 しかしながら、こんな行為を脅迫感の元で繰り返してる人間が
 病的で臆病であることは言うまでもないでしょう。
 
 サンタがいないと表明している人から分かる事は、その人が
 自分のイメージを肯定して他人に伝えることができないということです。
 これは創作の条件といってもいい。
 
 私が創作のチームを率いるとしたら
 こんな思想の人はお断りします。
 彼に出来るのは口先での創作類似行為だけでしょう。
 
 
 もっとも実際にグリーンランドにはサンタはいますが、空飛ぶサンタは私たちが
 知覚して確認できません。
 しかしながら、有名なキャスターはサンタは居ると番組を通じて言いました。
 
 サンタは人間の心が生み出した存在です。
 人間の心があって、初めて存在できます。
 人間は物質として存在します。
 その人間が存在しなかったらサンタは存在しません。
 人間という物質があってサンタが存在します。
 
 人間が宇宙に現れなかったらサンタという存在も生まれなかった訳です。
 人類が物理的に発生した事でサンタは発生した訳です。
 
 人間の心は化学反応と電気信号という物質的な実体を持っています。
 化学反応と電気信号の反応した結果の一つがサンタです。
 人間の日常の尺度で静的に物質化してないだけで、
 物理化学反応として存在しているのです。
 
 もしこの点がひっかかるようでしたら、電気を止めて生活してみるといいでしょう。
 現実に存在していることが分かる筈です。そしてテレビの電源を切って下さい。
 
 本当に存在していなかったら、二人以上の人間にサンタという言葉は認識できません。
 
 そしてサンタとは固体と固体の間で伝達し、再生(再現)できる物理化学反応です。
 これは映像の本質と同じです。
 なぜなら映像は光という物理化学反応であって、実体がないからです。
 実写であろうがアニメであろうが、そこには光の波動しか存在していません。
 反応だけの存在です。
 そこにリアリティの差など本質的にない訳です。
 
 戦争アニメは、むしろ現実を投影することで立ち位置を確保しようとする実写映像や
 SFXに近い。そして子供たちの中に(大人の中にも)ある世界-幻想的なアニメへの
 アンチテーゼです。
 
 アンチテーゼの対象となる本来的なアニメーション作品を、言葉によるスペックで
 差別化し、生け贄にし続けることで存在を確保しようとする活動の結果です。
 
 言葉というのは思考であり、感情の動き(ドラマ)ではありません。
 映像でもない訳です。映像を、事後に言葉による物質化を試みた時に、思考として
 認識されるのがスペックです。ここは作家の拘る所ではない。
 ドラマは動きであり、反応です。固定化する意味はない。
 
 物質化を意識している人は、作品の事後を考えている人です。
 作品を楽しませるためでなく、自分を語るために利用したいと考えている人たちです。
 彼らにとっては外見的なスペックがなにより重要なのです。
 当然ながら、これはもはや作品造りとは関係ない場所の話です。
 
 
 サンタであれ、映像であれ
 全て反応であって静的な物質的実体を持ちません。
 静的な物質化と作品の固定がリアリティだ、というのは非常に臆病で狭い定義です。
 こんな人は何もできないでしょう。
 
 なぜなら未来を肯定できないからです。
 未来は物質化していません。
 夢、といって全くの架空の反応です。
 
 サンタがいないという人は夢を肯定できない訳です。
 
 未来を肯定できないということは、人に何も約束できないということになります。
 信用も生まれませんし、仕事は仕入れなしの小売り業しかできません。
 仕入れも仕込みもできませんし、納期も設定できません。
 待ち合わせもできません。
 将来の予定は何も物質化してないからです。
 本当の所で100%実現する保証はないからです。
 
 それでは社会が機能しないので
 時間軸に関しては再現性を前提に話が進む訳です。
 その架空の設定に対する再現性を保証しようというのが肩書きや経歴です。
 が、これらは本当の所で全くあてになりません。
 分かったように首肯し合っていますが、既に状況が敷いたレールがあるだけで
 彼らが物質化に何ら貢献することはありません。
 そのレールすら自身が敷いたものでもないし
 説明する言葉すら借り物です。
 
 
 それよりも『信じる』という行為の方が再現性に働きかける力は圧倒的に大きい。
 問題はそれが見えにくい、計りにくいという事です。
 
 しかし計りにくいから、と諦めてしまうと『圧倒的に大きい』力も生じません。
 計りにくいものを計り、そこに力を生み出すのが作家です。
 
 焼き直しというのは、
 手続き型の再現性に頼ろうという、弱い心の働きでしかない。
 口でリアリティを訴えるほど、作品を型にはめようとするほど、
 イメージの具象化と再現性は弱まるので作品の品質に期待できないことが分かります。
 自信がないんだな、ということになります。
 (アンチとせめぎあい参照)
 
 これでは新しい付加価値を生み出すことはできません。
 
 過去の成果を食いつぶすだけとなります。
 そこに頼らないと何もできない人は、
 作品を生み出す仕事などしなければいいと思います。
 
 作るための苦労を否定するなら、作ろうとしなければいいと思う。
 そもそも自ら買った苦労じゃないか。
 最初から間違っている。
 
 
 実際の所、これらの作品の欠点は明らかです。
 「信じること」の否定的現実にリアリティを限定している。
 こんな分かりきった予測は映像化するまでもなく
 信ずるにも値しないテーマです。
 
 

 

[ この記事は 2009/10/22 以前に作成されました ]



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サンタクロースわ、実現するか ×1 /