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なぜつまらなくしてしまったのか  

夢のない世の中


 ALWAYS三丁目の夕日という映画がヒットした。
 貧しくとも夢一杯の時代(といってもほんの少し前)を描いている。
 それにくらべて、なぜ今こんなつまらない世の中になってしまったのか。
 考えてみてもいいと思う。


新しい感動のない世界


 文化が飽和してオリジナルなインパクトが創出されなくなっている。
 TVを見ても(私はTVを持っていないが)
  これは新しい
  どんな内容か予測がつかない
  今までになかったパターン
 そういう”切り口”を持った感動が生まれなくなっている。
 結果的にどんどん面白いものが出てくるという期待感が世の中から姿を消している。
 今生きている社会が発展中だという加速度の中にいることを実感できない。
 そして現在と将来が行き止まりにあることを感じて過去の作品に目がいってしまう。
 
 安易に言ってしまえばリメイク乱造の世の中で創作新造が否定されている。
 なぜだろうか?
 
 もちろん企業が可能性に投資をしなくなったためだ。
 夢を与えられない存在になったといってもいい。

 そういった力を読み解く力も失われ、安易に流れることをよしとしたために
 活力が低下、新しい魅力あるサービスが生まれず体力勝負になってしまっている。
 
 別の言い方をしてみよう。
 チャレンジのリスクを避けてうま味だけ頂こう、という人たちが今の会社員なのである。
 失敗はチャレンジや新しい物を生み出す課程、人が成長する課程ではなく
 即負け組で復活できないと、チャレンジのリスクだけを際立たせて
 創造性を否定しているのである。
 もちろん、そうなっている原因は我が身かわいさの心理が普遍化した社会への変貌だ。
 最終的にこれは産業の破滅につながる。
 その危機感から目を逸らして、後先なく今日の自分の生活を守ることを最優先として
 しまっている。
 上司さえ、むしろ上司ほどこんな考えでOK、許されてしまっている。
 上下関係の中でも自分中心の過剰な保守姿勢が認知されてしまっている。
 構造的にも何も生まない保守姿勢が固定化されてしまっているのである。
 そしてリスクは個人に背負わせるというふがいなさ。
 助け合うことで力を発揮する集団の強さは、脆さへと変わった。
 
 
 商業作品はもう頭打ちで質は低下する一方である。
 自身で文化的飽和を演出しているといってもいい。
 彼らは滅び行くギリシア・ローマと同じである。
 私たちが魅力を感じる要素が全くない。
 
 オリジナルと銘打たれた作品もよく見ると同人や原作から出たものである。
 あるいはそこを原型とした焼き直しのアイディアだ。
 作家ではなく”クリエイター”――創造できない作家予備軍のリメイク技術で
 作られたものである。
 彼らが持っているのは創造力でなく仕上げ技術と焼き直し模倣のみという点に注目
 すれば、なぜこんなに新しい感動に出会えないのか容易に分かるというものだ。
 アニメであれば5年に一度の大きなブーム作品が10年に一度になり、もう出てくる
 かどうかも怪しい所まで来てしまっている。
 
 多分、貴方が商業作品に投資しつづけてももう新しい感動は出てこない。
 業界は既にそういう体質である。
 これは文化芸術に投資する日本式習慣の限界だ。
 ではどうするか?
 もう一つの選択肢は西洋文化。
 自身が芸術家に投資して、非商業的な作家を育てることである。
 おそらくそうすることで、貴方自身が新しい作品を手に入れるチャンスを得ることができる。
 
 海外では既に2006年をピークとして日本アニメの低迷が始まっている。
 あからさまな商業主義主導の作品作り、暴力と残酷描写に視聴者が辟易しているというが
 一番の問題は、このような制作意図によって作品性が失われ
 パターン化してしまっていることだ。
 作品の中に金儲けのレールと、ストーリーに向き合わない逃げ(それをリアリテイなどと
 言っている)が露骨に敷かれてしまっているのである。
 クリエイターという人たちは制作の際、この延長しか見ていない。
 作品の核よりも、いかにそれらしく見せるか
 その手管に溺れて迷走するのである。


情報のたたき売り


 とある企業が言うには自分たちが情報を発信することが世の中を豊かにするという。
 どうみても不況への反応は情報が作っているのだが……この現実をどう見ているのだろうか。
 他人のプライバシーを売ってまで豊かになりたいというのが人間の豊かさなのだろうか?
 とても貧しい企業だと思う。
 
 昔の情報は発信が限られていた。
 それだけに発信された情報は洗練される必要があった。
 作家によって洗練された状態で発信されていたのである。
 知識の無秩序な放出や、品質無視ではなかった。
 情報の質は低下している。
 悪くなっているといってもいい。
 価値も低くなっている。
 だから経済的な恩恵をやりとりしても奮わない。
 どこかの企業の手前勝手な解釈とは逆に、社会は貧しくなっている。
 質も悪化している。
 そもそも夢や期待感を根こそぎ掘り起こしてやせ衰えさせ
 物質的な豊かさの燃料として消耗し尽くしてくれなどと誰が頼んだだろうか?
 現代の企業に自覚があれば、オリジナルが排斥されてリメイクが持てはやされる
 世の中にはなっていないだろう。
 この企業にはぜひアニメのスポンサーになってもらいたい。
 できた作品を見れば一発で本音が分かる。
 おそらく技術優先の世の中を正当化するような、スペックありきの価値観が
 延々と語られる、そうと語るに都合のよい原作を選出してアニメ化されるだろう。
 
 その情報がどれだけ洗練されているか。
 選択のポイントはそこである。
 洗練とは外見上の優雅さを言うのではない。視点といってもいい。
 どれだけ真実を伝えるかだとも思う。

 

[ この記事は 2009/4/20 以前に作成されました ]



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